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岐阜地方裁判所 平成11年(行ウ)2号 判決

原告

右訴訟代理人弁護士

高井和伸

被告

岐阜南税務署長 野呂精一

右指定代理人

長谷川鉱治

大西伸弥

川口直樹

伊与田久

西尾一義

安藤正人

石川誠治

山口薫

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  控訴費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対して平成九年一月二七日付けでした原告の平成七年分の所得税の重加算税の賦課決定処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告の平成七年分の所得税について、売上げ等収入の除外による過少申告がなされたことから、被告が原告に対して本件処分をしたのに対し、原告が、右過少申告は原告以外の第三者によりなされたものであって、自らは認識していないから、本件処分には原告が所得を隠ぺいし、又は仮装したとする点で事実の誤認があり、違法であるなどとして、本件処分の取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  当事者

原告は、A加工所の名称で自動車部品の加工業を営む者であり、いわゆる青色申告者である。

2  本件訴訟に至る経緯

(一) 原告は、毎年、売上収入等について確定申告をしていたが、平成七年分の所得税の確定申告をするに当たり、その手続等をB商工会(以下「本件商工会」という。)に依頼したところ、本件商工会の職員は、原告の平成七年分の各月の売上げ等収入の一部を除外し、その除外したところに基づき平成七年分の所得税の確定申告書及び所得税青色申告決算書(以下、これらを併せて「本件申告書等」という。)を作成し、原告の住所及び氏名等の欄を記入した上で、原告に交付した。

原告は、本件申告書等に押印し、右職員に交付した上、右職員を通じて、平成八年三月一五日、被告に対し、別表1「本件賦課決定処分の経緯」の「確定申告」の項中の「総所得金額」及び「納付すべき税額」欄記載のとおりの内容で、平成七年分の所得税の確定申告をした。

(二) その後、原告は、被告による所得税の調査を受け、同年一二月二六日、被告に対し、同表の「修正申告」の項中の「総所得金額」及び「納付すべき税額」欄の記載のとおりの内容で、修正申告をした。

(三) これに対し、被告は、平成九年一月二七日付けで、原告に対し、同表の「賦課決定」の項中の「重加算税の額」欄記載のとおりの内容で、本件処分をした。

(四) 原告は、本件処分を不服として、同年三月二四日付けで、被告に対し、本件処分に対する異議申立てをした。

しかし、被告は、同年六月二三日付けで、右異議申立てを棄却する旨の決定をした。

(五) 原告は、右決定を不服として、同年七月二二日付けで、国税不服審判所長に対し、審査請求をした。

しかし、国税不服審判所長は、平成一〇年一一月一〇日付けで、右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

(六) その後、原告は、右裁決に係る裁決書謄本の送達を受け、平成一一年二月八日に、本件訴えを提起した。

二  本件処分において算出された金額に関する被告の主張

原告は、平成七年分の所得税について、売上げ等収入の除外という方法で課税標準の計算の基礎となるべき事実の一部を隠ぺいし、その隠ぺいしたところに基づき納税申告書を提出していたものであり、右事実は、国税通則法六八条一項に規定する重加算税を賦課する要件に該当する。

そして、重加算税の基礎となる税額は、前記一2(二)の修正申告の納付すべき税額一一一万九六〇〇円から、同(一)の確定申告の納付すべき税額八万六五〇〇円を差し引いた一〇三万円(国税通則法一一八条三項により、一万円未満の端数を切り捨てた後の金額)であり、国税通則法六八条一項に基づき、右税額に一〇〇分の三五の割合を乗じて重加算税の額を計算すると三六万〇五〇〇円となる。

そうすると、被告の主張に係る重加算税の額は、本件処分に係る額と同額であるから、本件処分は適法である。

三  争点

本件処分の適法性

(争点に関する当事者の主張)

1 被告

(一) 次の(1)ないし(3)の事情にかんがみると、原告は、売上げ等収入の除外の事実を自ら認識し、その除外したところに基づき本件申告書等を提出したものというべきである。

(1) 本件商工会の職員は、原告の所得税の確定申告に独自の利益を有する立場になく、原告の依頼に基づかないで勝手に過少申告をすることは考え難い。

(2) 本件申告書等に記載された売上金額は、原告の一取引先に対する加工代金をすら大きく下回るものであり、原告は、本件申告書等を一見すれば、真実の売上金額が記載されていないのを認識することは容易であった。

(3) 原告は、平成元年ないし六年分の所得税についても、売上げ等収入の除外を継続していた上、被告による所得税の調査に際し、予め用意してあった虚偽の帳簿等を提出し、売上げ等収入の除外の事実を隠ぺいしようとした。

(二) 仮に原告が売上げ等収入の除外の事実を自ら認識していなかったとしても、履行補助者である本件商工会の職員が売上げ等の収入を除外し、その除外したところに基づき本件申告書等を提出したのであるから、右職員の行為は原告自身の行為と同視すべきである。

けだし、納税申告義務は納税者の公法上の義務であって、納税者が自己の責任において第三者に申告を手伝わせ、申告の補助者として使用した以上、右第三者の申告は納税者本人の申告というべきであり、また、重加算税は、過少申告という申告義務の違反が客観的にみて隠ぺい又は仮装によって生じた場合に、申告義務者に対して義務違反の制裁として課されるものであるから、隠ぺい又は仮装を納税者本人の行為に限定すべき合理的な理由はなく、かえって関係者の行為を広く問題とすることにより、申告納税制度の信用を維持し、徴税の実を挙げることが相当と解されるからである。

(三) 仮に重加算税を賦課すべきでない場合が例外的にあるとしても、それは、納税者が当然なすべき監視監督義務を尽くせなかったことについてやむを得ない事由がある場合に限られるべきところ、本件においては、右事由は見当たらない。

(四) 以上によれば、本件処分が適法であることは明らかである。

2 原告

(一) 原告が売上げ等収入の除外の事実を自ら認識していたとの被告の主張は全面的に否認して争う。

(二) 被告は、履行補助者である本件商工会の職員が売上げ等の収入を除外し、その除外したところに基づき本件申告書等を提出したから、右職員の行為は原告自身の行為と同視すべきである旨主張する。

しかしながら、商工会法の規定によれば、商工会は、主として町村における商工業の総合的な改善発展を図る目的で設立される公益法人であり(一、三条)、かつ、商工会の事業として、商工業に関し、相談に応じ、又は指導を行うものとされている(一一条一号)ことからも分かるように、本件商工会は、原告と被告の中間にあり、原告は、本件商工会を被告の履行補助者と理解して、長期間にわたって指導を受けてきたものである。また、原告は、夫の乙が原告の仕事を手伝っていたことから、本件商工会に対し、乙の給与を経費として控除するよう申し出ていたが、本件商工会の職員は、原告の右申し出を拒否した上、独自の判断で勝手に売上げ等収入の除外をしたものである。

これらの事情にかんがみると、本件商工会が原告の履行補助者であるわけがなく、右職員の行為を原告自身の行為と同視すべきではない。

(三) 本件における売上げ等収入の除外の事実は、本件商工会の職員の指導により、むしろ右職員自身によってなされたものであり、公益的性格を有する商工会の税務指導を受けて納税申告をしたような場合には、重加算税を賦課すべきでない例外的な事情があるというべきである。

(四) 以上によれば、本件処分は違法である。

第三当裁判所の判断

一  前記争いのない事実等に、証拠(甲一、二、乙一ないし八(枝番を含む。)、一一、一二)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下のとおりの事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  原告は、A加工所の名称で自動車部品の加工業を営む者であり、いわゆる青色申告者であるが、B株式会社及びC株式会社の二社から注文を受けて自動車部品を加工し、一月分の代金を翌月に請求し、請求金額を額面とする小切手を受領していた。

原告の平成七年分の売上金額は、別表二の「真実の売上金額」各欄記載のとおりである。

2  原告は、事業を開始した平成元年分以降、本件商工会に対し、所得税の確定申告関係書類の作成及び被告への提出を依頼していた。

原告からの右依頼を受けて、本件商工会は、平成元年分以降、原告に対し、所得税の確定申告関係書類の作成等を指導していた。

3  原告は、平成七年分の所得税の確定申告をするに当たり、従来どおり、その手続等を本件商工会に依頼することとし、平成八年二月下旬ころから同年三月上旬ころまでの間に、原告の各月の売上げ等の収入及び経費を記載したキャンパスノート並びに所得税の確定申告関係書類を本件商工会に持参し、本件商工会に対し、所得税の確定申告関係書類の作成及び被告への提出を依頼した。

4  本件商工会の職員である丙は、右キャンパスノートを基にして、一旦真実の税額を算出して原告に連絡したところ、原告から「多いね。」と言われてこれを修正することにし、別表二の「決算書記載の売上金額」各欄記載のとおり、原告の平成七年分の各月の売上げ等収入の一部を除外し、その除外したところに基づき本件申告書等を作成し、原告の住所及び氏名等の欄を記入した上、これを原告に交付した。

本件申告書等に記載された売上金額(一六二四万六八一一円)は、原告の一取引先であるB株式会社に対する加工代金(二二五六万二〇一一円)をすら大きく下回るもであった。

5  原告は、本件申告書等に押印した上、丙に交付し、丙は、平成八年三月一五日、被告に対し、本件申告書等を提出して平成七年分の所得税の確定申告をし、同月下旬ころ、原告に対し、本件申告書等控え及び前記キャンパスノートを返還した。

6  その後、原告は、被告による所得税の調査に際し、本件申告書等に記載された売上金額に合わせた虚偽のキャンパスノートを急遽作成して用意し、調査担当職員に対してこのキャンパスノートを提示した。

二  ところで、国税通則法六八条一項は、過少申告をした納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときは、当該納税者に対して重加算税を課する旨定めている。

この重加算税の制度は、納税者が過少申告をするについて隠ぺい又は仮装という不正な方法を用いていた場合に、過少申告加算税よりも重い行政上の措置を課することによって、悪質な納税義務違反の発生を防止し、もって申告納税制度による適正な徴税の実現を確保しようとするものであるが、その適用については、納税者自身が隠ぺい又は仮装をした場合に限らず、納税者が、その意思で納税手続の依頼をした第三者が隠ぺい又は仮装をした場合も、それを納税者の行為と同視すべきものとして賦課要件を満たすものと解するのが相当である。

三  前記認定の事実によれば、本件商工会は、原告から、所得税の確定申告関係書類の作成及び被告への提出を依頼され、担当者の丙が原告に代わってこれらの手続をしたことが認められるのであって、右に説示した納税者から納税手続の依頼を受けた第三者に当たることが明らかである。

そして、丙が、原告が持参したキャンパスノートを基にして、原告の平成七年分の各月の売上げ等収入の一部を除外し、その除外したところに基づき本件申告書等を作成し、原告の押印を得た上で、被告に対して本件申告書等を提出したことは、前記認定のとおりである。

そうすると、仮に原告自身について隠ぺい又は仮装の不正行為がないとしても、本件商工会の右行為により、原告について国税通則法八六条一項所定の重加算税の賦課要件が満たされるものというべきである。なお、前判示のとおり、本件申告書等に記載された売上金額は、原告の一取引先であるB株式会社に対する加工代金をすら大きく下回るものであること、原告は、被告による所得税の調査に際し、本件申告書等に記載された売上金額に合わせた虚偽のキャンパスノートを作成して用意し、調査担当職員に右キャンパスノートを提示したことが認められる上、原告本人尋問の結果によっても、平成七年分より前の所得税の確定申告分について、原告は売上げ等収入の除外の事実があることを認識していたものと認められること等を併せ考慮すると、原告は、本件の確定申告の時点で、売上げ等収入の除外の事実を認識していた疑いが濃厚というべきである。

四  これに対し、原告は、本件商工会は原告の履行補助者ではなく、右職員の行為を原告自身の行為と同視すべきではないと主張し、本件商工会は、商工会法の規定上、原告と被告の中間にあり、原告は、本件商工会を、むしろ被告の履行補助者と理解して、長期間にわたって指導を受けてきたことを指摘する。

しかし、商工会は、その地区内における商工業の総合的な改善発達を図り、あわせて社会一般の福祉の増進に資することを目的とするものであるところ(商工会法三条)、証拠(乙一〇の1ないし3)によれば、被告は、その職員を本件商工会が加盟するC商工会協議会主催の税務研修会に講師として派遣し、決算・申告書作成指導上の留意点等に関する税務研修を実施したことが認められるものの、それは、適正な納税申告を広く納税者に周知徹底し、納税意識の高揚を図るためにした税務広報の一環であるというにすぎず、それ以上に、本件商工会が被告の指導又は監督の下にあるとか、被告の履行補助者の立場にあることを意味するものではない。

また、原告は、本件商工会に対し、乙の給与を経費として控除するよう申し出ていたが、本件商工会の職員は、原告の右申し出を拒否した上、独自の判断で勝手に売上げ等収入の除外をした旨主張する。

しかしながら、乙の給与を原告の事業所得の必要経費に算入するためには、所得税法五七条二項、同法施行規則三六条の三所定の書類の提出が必要であるところ、証拠(乙一八)によれば、右書類が被告に提出された事実はないことが認められるから、乙の給与を必要経費に算入する余地のないことが明らかである。

したがって、原告の右主張はいずれも採用できない。

五  なお、原告は、公益的性格を有する商工会の税務指導を受けて納税申告をしたような場合には、重加算税を賦課すべきでない例外的な事情があるというべきであるとも主張するが、商工会に対する納税手続の依頼が直ちに右例外的な事情に当たるといえないことは、前記の説示から明らかであり、その他、本件において、原告に重加算税を賦課すべきでない特段の事情があるとは認められない。

したがって、原告の右主張も採用できない。

六  結論

以上によれば、本件における過少申告行為は、国税通則法六八条一項所定の重加算税の賦課要件を満たすものというべきであるから、前記第二、二のとおりになされた本件処分は適法である。

よって、原告の請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中村直文 裁判官 倉澤千巌 裁判官 中川博文)

別表一 本件賦課決定処分の経緯

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別表二

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